『幸せは自分次第』にたどり着くまで Vol.3 – 入社した会社が倒産危機?! 

皆さんこんばんは〜♪
先日の 「『幸せは自分次第』にたどり着くまで Vol.2 – 彼のお父さんが倒れた」に、またメールやDMなど、思ってもいなかった方からもメッセージを頂いて、個人的なリアルな経験を開示する事の意義もとても感じるようになりました。

さて、それでは早速続きです。

スマホのアルバムには景色と空の写真がいっぱい。
ご機嫌でハッピーな時も、気持ちの上ではそうでない時も、
いつでも空や周りの景色を見ながら歩く時間は大事にしたい。

彼のお父さんが倒れたのが12月。
彼は早々に東京で勤めていた会社に退職の意向を伝え、3月末退職の4月から大阪での生活開始を見据えて転職活動を始めました。

私は1月末に無事修士論文を出し終え、当時アルバイトとして入っていた在日外国人支援NPOとその関連企業の上司がそのまま入社するか?と声をかけて下さった事から、他社の就職活動はする事なく、そのまま入社させていただく事になりました。

当時勤めていた会社では、在日ブラジル人やフィリピン人、ペルー人やコロンビア人等の中南米の方向けに、ポルトガル語(ブラジル)やタガログ語(フィリピン)、スペイン語(中南米)、そして英語の携帯サイトを運営しており、生活情報やエンタメ、コミュニティ運営等のサービスを提供していました。

まだガラケーの時代だったので、日本国内で母語で必要な情報を得られる貴重なサイトとして在日外国人ユーザーにとっては精神的な拠り所にもなっている超ニッチなサービスで、社会的な意義とビジネスとしての発展性の双方から見て私にとってはものすごく面白い職場で、NPOでは国内の多文化共生に関する調査研究や災害時の避難所運営や復興支援における在日外国人支援などの第一人者といえる上司達の元で働ける事は、私にとって何よりも面白くやりがいがありました。

多文化共生とは「国籍や民族などの異なる人々が、互いの文化的ちがいを認め合い、対等な関係を築こうとしながら、地域社会の構成員として共に生きていくこと」です。

(総務省:多文化共生の推進に関する研究会報告書より)

その当時の会社の状況は、世の中になかったサービスを生み出し、それがだんだんと軌道に乗り始めているけれど黒字化する前のタイミング。

多くのNPOやソーシャルビジネスの事業者がそうであるように、一般企業と比べると待遇面は厳しい現実はありましたが、なんせ本当に面白く他にはない仕事だったので、待遇面については頑張り次第だと捉えていました。

その頃の気分的にはこんな感じ。
お給料こそ少なくても、他にはないサービスと
尊敬しかない上司の元で即戦力として働ける。
今までの経験(IT・スペイン語圏での協力隊活動・
国際関係学部で開発援助を学んだ事)が
全部繋がったような気がしていました。

そんなこんなで就職先もそのまま決まり、大学院を無事卒業した4月。
その当時はまだ大学院に通っていた時の京都のアパートに住んでいたのですが、彼が大阪に帰って来た事もあり、何かあった時にお母さんをお手伝いする人手は多い方がいいかな・・・という事で彼の実家近くにマンションを探そうという話になりました。

5月になり、彼の実家からすぐ近くの2LDKのマンションに決め、敷金礼金等を含めて50万ほどの契約金を払ったその翌日。

びっくりする事が起こりました。

電車の中で手帳を見ながら、いつ引っ越すか、何を新しく買うか・・・なんて考えながら、半分ウキウキと出社した月曜日。
当時の社長と副社長と取締役(つまり3人の上司全員)が社外でミーティングされるようで外出されました。

そこから帰ってこられて少しして、1通のメールが目の前の社長のアドレスから送られて来ました。
そのメールを普段と同じように何の気なく読み始めて、固まりました。

そこに書かれていたのは、まさか自分の人生で身の回りに起こる事だとは思ってもいなかった「業務上〇〇により経営を降りる事になりました」の文字。

「え!!!!!」

え?????????
どゆこと?????
人はあまりにびっくりすると、
こんな感じでぽかーんとする。

としか声が出なくて、ちょっと意味がわからない。

え????
どういう事?????
え??????
またテレビドラマみたいな言葉が出て来たよ?????
え?????

そこから別室で、先ほどの上司3名と私の4人で、後からNPOの代表である最も中心的な上司も来られて、事情の説明がありました。
詳細はこちらでは書けませんが、要するに、会社のお金がピンチになった。
資本金を超える金額が不安定な状況になってしまった、という事実が目の前にありました。

まさか、自分の人生に「勤めている会社の倒産」なんていう緊急事態が起こるかもしれないなんて、考えた事もありませんでした。

でも、寝耳に水だったのは他の取締役や株主さんの方こそで、とても紳士的で仕事熱心で優しく信頼感のある方だったので、なんで一言相談してくれなかったんだという悲痛な声と、これからどうやってこの窮状を切り抜けていくのかが毎日のように話合われる日々が始まりました。

必死で現状整理をしつつ、周りへの説明や資金繰りの対応、今後どのように返済してゆくか、会社の経営状態をどのように持って行かなければ持たないのか。

そんな会議に私も毎日一緒に参加して、どんどん会社の現状がリアルにわかって来ました。

端的に言えば、ギリギリ給与は出るけれど、ボーナスはもちろん残業代を出す余裕はなく、でも仕事量はマックスで、最短で売り上げを倍近くまで上げて行かなければ存続の危機、という状況。

貯金を大学院の2年間で全部使い切ったので
ここからしっかり稼いで、
2人で彼の実家も支えつつやっていくぞ!
と思って入社したのに、まさかのまさか。。

ああ。
せめて、先週知ってたら50万の敷金礼金、払わなかったのに。
そんな事も思いながら、もうその日から私の頭の中は会社の事でいっぱい。

そもそも、元からギリギリの人数しかいない状態の小さな会社だったので、社長が抜ける事で私もフル稼働でできる事をどんどん進めていかないと、純粋に単なる人手不足で会社が立ち行かない。

つまり、「そんな状況だったら申し訳ありませんが退職します」と私がいうと、その時点で人員不足で潰れてしまいかねない状態だという事に、後からだんだん気づいてきました。

12月にお父さんが倒れ、彼から聞いた家庭の事情を聞いてびっくりし。
それから半年も経たないうちに、まさかの入社1ヶ月の会社が倒産の危機に陥ってびっくりする。

経済的に支えていこうと思ったのに、どうも、かなり、雲行きが怪しすぎる。
でも、自分ではどうする事も出来ない。

なんでこんないっぺんに???
なんか私悪い事した???
この頃ずーっと、頭を回っていた言葉。

この時、何よりも私をしんどくさせたのは、「彼」も「会社」も「上司」も、この目の前で起きている問題に何の責任もない事。
それどころか、彼の実家は彼が経済的援助を何度もして助けてきていたし、その問題を起こしてしまった上司も含めて、その時の上司は皆さんまともに給料をもらえない日々を乗り越えて黒字化寸前のところまでたどり着いたところだった。

そして、会社のサービスはユーザーである外国人の方たちにとって本当に重要な生活インフラの一部になっていて、どうしてもこのサービスを続けたい事。
この会社の存在意義と面白さは、こんな事で潰してしまうのはもったいなすぎるとみんな思っている事。

旦那との結婚も同じで、問題の原因がもし本人にあったのなら、多分冷静に考えて判断を下す事になるのだろうけど、本人は一切責任がないどころか、彼が支え続けていなかったらもっと早くに破綻していたのだと思うと、それを支えないという選択肢はないように思えた。

要するに、自分の「感じる事」「感覚」「良心」をベースに判断すると、旦那との結婚も会社に勤める事も、自分も全力を尽くして支えるのがベスト。
そしてなんとかやっていけるのでは?という希望も、少しは見える。

でも。

「幸せな結婚とは」「幸せな働き方とは」「成功するキャリアとは」という「条件」や「思考」特に「経済的条件」という尺度で見た時、私が選ぼうとしている「感覚がこっちだという道」は、ほぼ狂気の沙汰というか、「悪い事言わんからやめとけ」と言いたくなる方向を向いている事も、わかる。

ここ、今考えるとわかるのですが、「感じる事」「感覚的・本能的な判断」と言うのが「本質的な答え」なわけです。

そして「思考」や「条件」というのはあくまでも「外側の判断基準」であり、本当に条件でしかない。

そしてこの「外側の判断基準」は、一見とても合理的で正しいように見えて、実は本質的な幸せにはあまり関係がない場合もある。
でも、これがわかりにくくて、怖いわけです。

会社の問題が発覚したのは5月中旬。

そこからの数ヶ月は毎日本当に忙しくて、思いつく事は何でもやり、見せて欲しいデータは全て見せてもらい、改善できると思うところは生意気を承知で提案しまくり、みんな全力で黒字化に向けた事業改善に必死で取り組みました。

新しく社長に就任された上司は、本来であれば縁の下の力持ちタイプの方で、表に出るのは苦手とされていた方でしたが、そんな事言っていられないから黙々と仕事をされていました。

私は後にも先にも、この上司ほど愚痴を言わず、文句を言わず、人を責めず、忍耐強く事にあたる人を見たことがないと思います。
あ、うちの旦那も、同じくらいそうかもしれない。

今思うと、この上司達の元で働けた事は自分の人生にとって宝でした。
あの記憶が飛ぶぐらいの日々が、結局私の根底になり、今にもつながっていると思います。

そして、そういう人を目の前にするともう自分も黙って頑張るしかないわけです。
よくも悪くも。

でも、そんな状況も日が経つにつれて少しづつ、具体的に何をすれば良いのか見えて来て、かすかに光が・・・と思った矢先、またまたびっくりな事が起きました。

え???
まだあるの???

・・・長くなりすぎるので、次に続きます。


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