『幸せは自分次第』にたどり着くまで Vol.5 – なんかの呪い?

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さて、先日から書き始めたこちらのシリーズ。

『幸せは自分次第』にたどり着くまで Vol.4 – 次から次へと
『幸せは自分次第』にたどり着くまで Vol.3 – 入社した会社が倒産危機?! 
『幸せは自分次第』にたどり着くまで Vol.2 – 彼のお父さんが倒れた
『幸せは自分次第』にたどり着くまで Vol.1 

まさかの、まだ続く。。

タイトルを悩んだのですが、「なんかの呪い?」と言うのは、当時の私の頭の中で何度も何度も出てきた言葉。

最初に彼のお父さんが倒れたという時には、とても心配だったし経済的なことも含めて大変だな・・とは思ったけれど、「誰にでも起こりうる事」として捉えていました。

会社の倒産危機は「え???こんな事ってある??」とは思ったけれど、実は中小企業だと珍しい事ではないのかもしれない(けど、なんで今・・・)と思いました。

お婆さんが要介護になった時も、まじか・・・と思ったけれど、年齢的にも状況的にも、ある意味仕方がない。

でも、もう終わっただろうと思った。
もうこれ以上何も起きないだろうと。

違った。

それは私にとってというより、彼(旦那)とお母さんにとって、心が折れてしまうに十分なほどの事が、まだやってきてしまいました。

https://www.ana.co.jp/ja/jp/tastesofjapan/kyushu/0021.html より
お写真お借りしました

熊本で叔父・叔母にもてなして頂き、久々にリラックスしたこと。
阿蘇の雄大な自然のことや、馬刺しがとっても美味しかったこと、叔母に色々話を聞いてもらって心が本当に軽くなったこと。

そんな熊本の数日の幸せ感は、関空の到着ロビーで待っていてくれた彼の顔を見た瞬間に吹き飛んでしまいました。

184cmもある大きな人、いつもふざけ倒しているような旦那ですが、その時はいつもとはまるで様子が違っていて、泣き出しそうな子供のようにか細く見えた。
なんというか、ギリギリの限界でなんとか立っているといったような。

「どうしたん??????
何があったん?????」

「ただいまー」と言うのも忘れて思わず聞いた私に、彼は絞り出すように一言

「姉ちゃん、脳腫瘍やった。」

と告げました。

目の前が真っ暗になるって、こういう時の事を言うんだと思った。

全身の力が抜けて、そのまま座り込みそうでした。
と言うか、その時2人ともどうしたのか、正直この時のことは本当に覚えていません。

この人、どんな思いで一夜を過ごし、どうやってここまでたどり着いたんだろうと思うと、呑気に熊本で1泊楽しんできた自分を殴りたいぐらいの気持ちでした。

人生の中で何かを恨みたいと思ったのは、後にも先にもこの時の一瞬だけ。

なんで??????
なんでこの人にばかり、この人の家族にばかりこんな事が立て続けに起こる???
なんでお姉さんが?????
だってまだ30代だよ????
子育てひと段落して、これから自分の人生仕切り直すって言ってたのに!!!!
なんで!!!!
なんで!!!!!!

この瞬間からお父さんのことも、お婆さんのことも、会社のことも、すべて吹っ飛びました。

今までなんて全然甘かった。
まだまだ全然大丈夫だった。
そう思いました。

彼もさすがに泣いていた。
どうやって帰ったのか、何を車の中で話したのか覚えてないけれど、とにかく今はお母さんには内緒にしなければと言う事と、お姉さん自身は淡々と現実に向き合っていて、それがむしろ辛いと言う事、でもなんとか支えようと言う事などを話したと思います。

おかんにだけは知られたらあかん。
もうもたへん。

本当に、その彼の言葉だけが頭の中をぐるぐる。

もう精神的にも肉体的にもかなり疲労が蓄積していた2人にとっては、この1件が大きすぎました。

それと同時に、私はこの頃、こんなにも立て続けに悪い事が起きるのは、もしかしたら全部私が悪いのかもしれない・・・という意味のわからない気持ちで頭がいっぱいになってきていました。

なんで????????
なんで?????????


そればかりが頭をぐるぐるし、もちろん理論的、具体的な理由や原因なんてないから、超現実主義の私の疑問の矛先は「見えないもの」がもしかしたら存在するのか???という所まで行ってしまい、それをポジティブではなく、ネガティブど真ん中で疑ってしまいました。

なんかの祟り?呪い?

だって、彼との結婚がまだ遠いものだった頃には何もなかったのに、卒業後の将来が具体的になってきた途端に、彼の大切な家族が3人も大変な事になった。
お姉さんの事を知ったら、お母さんまで倒れてしまうかもしれない。

そしてバイトとして働いていた時にはなんの問題もなかった会社が、入社した途端に大混乱の経営危機に陥った。

もしかして、全部原因は私なんじゃ???
何かが私に憑いてる???
呪いとか祟りとか、そういうのがあるとしたら、

もしかしたら全部私が引き起こしてる????


そういえば私厄年だった。
何もしなかった。だから???

私のせい???

だったら、次は何が起こる?????
頼むから、妹家族はやめてくれ。

両親もやめてくれ。(お父さんお母さん、妹の次でごめーん)
次に何か起こるなら、せめて私に直接こい。

あまりにいろんな事が起きすぎると、超現実主義の人間でも、こんな風に思うようになるのですね。

新興宗教や怪しげなお守りなどにすがりたくなる人の気持ちが、この時初めて心の底からわかりました。

そして、私の精神がそんな風に「私が全部引き起こしてるんじゃ???」と意味不明になっていたのと同様に、彼も一度だけぽつりと「俺ちょっと鬱っぽいかも。」と漏らしたことがありました。

本当にいろんな事があったなぁ。。。
改めて思い出すとびっくりしますが、
今こうして家族平和に生きてます。
大丈夫。なんとかなる。本当に。

精神にきてもおかしくないよね・・・この状況。

家族全員が自分の肩に乗っている状態で、転職したばかりの会社は業務レベルがとんでもなく高く、しかもその中でも難易度の高い巨大企業の担当にしょっぱなから当たり、彼にかかっていたプレッシャーは相当なものでした。

彼が倒れても、心が折れても、家族全員全てが終わる。
そんな状況だとわかっていたので、それ以上その話をするのもお互い怖くて、なんとか現実の中の明るい事、小さな楽しい事を見逃さずに過ごしていた感じでした。
(でも、今思うとこれが本当に重要な事でした。また後ほど書きますね。)

この頃は私も会社の業務だけでなくNPOの調査研究の仕事も忙しくて、家に帰ってからも1時〜2時ぐらいまでパソコン作業が続いていたのですね。
その疲れもあったのですが、だんだんと、通勤途中で周りの人が普通に歩いている様子を見ているだけでふいに涙が出るようになってきました。

それまでのほほんとすくすく育ってきて、
悩みや苦しい事もあったつもりでいたけれど
全然耐性がなかったのでしょうね。
えーん。

ああ、みんな普通に暮らしてる。
みんな普通に幸せそう。
なんなら友達や親戚は、みんな経済的にも豊かに、優雅に暮らしてる。
なんで私だけ?
なんで彼の家族だけ?
なんでこうなるの?

私が何をした?
何があかんかった?
私はどこで間違えた?
このままどうなるの?
それなりに頑張ってきたつもりなのに、なんでこうなった?

毎日毎日、頭の中はそんな声でいっぱい。
ずっと原因と間違いを探す言葉ばかりが溢れていました。
でも今更引き返せない。

いくら原因を考えても、現実的には旦那も会社の人たちも、誰も悪くない。
このまま頑張る以外、どうする手立ても思いつかない。
でも、本当に大丈夫なのか、もうわからない。

もうこの頃、自分の「感覚の声」と「思考の声」のせめぎあいがすごかった。
自分のことを「きっと大丈夫」と思える余裕も消えていた。

そして9月のある日、電車に乗っていて、窓に映った自分の顔を見たら突然泣けてきて、涙が止まらなくなりました。

おーーーーーーい。人前で泣くなーーーー。怪しすぎるーーーーー。
と思っても、止まらない。

あ、あかんわ。
私も、もしかして鬱かもしれない。

駅前にメンタルクリニック、あったな。
行った方がいいのかな。
でも鬱だったからと言って、どうすりゃいんだろう?
そんな事を考えながら、とりあえずその日は帰りました。

またまた超長いので、続きます。

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