争わない伝え方 Vol.4- 「信頼」か「不信」、どちらの世界で生きる?

皆さんこんにちは〜♪

この夏に経験したTwitter炎上事件から学んだ事。
ものすごーーーく重要な事が言語化出来たので、シリーズにまとめています。

争わない伝え方Vol.1- 「沈黙は金」
争わない伝え方 Vol.2- 「ノートの威力1」
争わない伝え方 Vol.3- 「ノートの威力2」

まだ続きますよ〜。

頭の中をノートに書き出して、自分と相手の「本当の願い」にたどり着いたら、次はいよいよ「どのように伝えるか」のステップです。

でも、この時に一つ気をつけなければいけない事がありました。

それは、同じ事実を見たとしても、人それぞれ違うフィルターを通して世界を見ているという事。

見ず知らずの他人の場合は特に、根本的なフィルターが違う場合は、それに気づくだけでもすごーーーく時間がかかって、ぜんっぜん噛み合わない。

私はブログの著者さんとのコミュニケーションでここをミスっていて、
「・・・なんでこういう反応になる??」と戸惑っている間に2〜3日過ぎてしまいました。

どういう事か、具体的に見ていきますね。

どんな人でも一番の根底には
「わかり合いたい」「繋がりたい」「大切にしたい」などの愛がある。
「本当の願い」が同じなのに話が噛み合わない時は、
その願いにたどり着く前の「フィルター」が違うのかも。

争わない伝え方 Vol.3- 「ノートの威力2」で、私もブログの著者さんもTwitterで煽っている人や便乗している人も、根底にある「本当の願い」は同じだったことに気づきました。

だったら、丁寧に誠意をもって商品の安全性や取り組む姿勢を伝えたらわかってくれるだろう・・と思い、全力でこちらの記事を書きました。

その結果、多くの方がこちらの姿勢や意図も理解してくださり、なによりもブログの著者さんが自ら私の記事をTwitterでご紹介くださったことで、「炎上」そのものはかなり沈静化しました。

でも、そこからは私が期待していた流れにはつながらず、ブログの中で詳細に説明している内容についても、畳み掛けるような「こういうケースは想定しているのか」という声が届き始めました。

全て出し尽くしたので、これ以上何を伝え、
何をすればいいのだろう・・と途方にくれました。

誠心誠意、誰のことも責めない表現に気をつけて、その時の自分が出せる情報を全て出した。
自分の思いと今後の対応も、全て伝えた。

でも、それをもってしても「もしこうなった場合・・」という「100%ないとは言い切れないじゃないか」というケースに対する追求が止まらなかったり、くだんのブログもそのままの内容で訂正等が行われる気配がない。

この事実は、私にはちょっと予想できなかった面があり、「この感覚の違いはなんなんだろう??」と戸惑いました。

そしてそれらの問い合わせやコメントに答えるためにまたノートしていた中で、ようやく気づいたのが、自分の一番奥にある「本当の願い」を包んでいる2番目の感情が、まったく逆の2種類あるのだという事でした。

この「二番目の感情」というのが、上で挙げた「フィルター」です。

そのフィルターとは、「信頼」か「不信」か。

「世界は、基本的に安心で信頼に足りる」と見るのか、
「世界は、基本的に油断ならない不安なもの」と見るのか。

自分の中に愛を持っていても、周りの人を「信頼できる」というフィルターを通して世界を見るのか、「信用ならない」というフィルターを通して見るのかで、その人の在り方は全く変わります。

「赤ちゃんに危険な目にあって欲しくない」という共通の想いがある時。

ほかの人への視線が「基本的に信頼ベース」なら
「使う人は赤ちゃんに危険がないよう注意して使ってくれる」
「作った人も十分気をつけて安心・安全なものを作っている」
と信頼できる。

作る側も、使う側も、ベースにあるのは相手への信頼。

そしてその上で、それぞれが「赤ちゃんに危険のないように」という自分の中の愛をベースに、最適な行動を取れます。

ほんまにちゃんとやってくれる?
見てない所でも大丈夫?
ほんまに?ほんまに?ほんまに?

でも、他の人への視線が「人なんて信頼できるかわからない」という「不安・不信ベース」だった場合。

「ちゃんとした使い方をしてくれるなんてどこに保証があるのですか!」
「ちゃんと安全に作られたなんて、この場合には言えるのですか!」
という不信に基づいた責任追求になる。

そして他者への信頼が持てないので、周りを見張らずにいられない。

見張る事にエネルギーを割くので、本来自分がエネルギーをかけるべき所がおろそかになる。
その結果、望まない結果が引き寄せられる。


警戒心が強すぎると、必要以上に不安は増長します。

不安のフィルターを通して世界を見れば見るほど、身体は硬直して硬くなるし、ホルモンバランスも緊張状態になるだろうし、ストレスの溜まりやすい体質に。

うーん。。。あまりウェルビーイングとは、言えない感じ。。
辛くないかな?

世界を信頼するというのは、
自分がそうすると決めるだけだと思う。
あなたが人を傷つけたくないように、
周りの人だって同じように思ってるよ。

企業活動においては、どんな大企業であっても、完全に「全てのリスクがゼロ」はありえない。

万が一のケースを想定するのは、事故を未然に防止する「工夫」に繋げるため。
打てる手を適切に打つため。

もし、その0.0000000*% などの可能性を追求する先に「誰かを責める事」があるなら、そうしたくなる気持ちの奥底に「他者を信頼できない不信・不安」がありませんか?

生きていると、不安な事は、ぜーーーーーーったいにゼロにならない。
その「完全なゼロはない」世界を、どうやって信頼していくかは、それぞれが「最終的に他者をどう見るか」を自分で決めるしかない。

もちろん、相手との関係性や相手の人柄によっても変わるでしょう。
でも、基本的なスタンスとして「世界をどう見るのか」は自分で決める事。

私は「世界は信頼できる安心・安全な場所だ」と、信頼ベースが好みです♪

僕も世界を全信頼♪
無防備にもほどがあるー。

今回実感したのは、基本的に類は友を呼ぶ・・の原理で、私の周りには「ベースが愛と信頼」タイプの人が圧倒的に多いのだという事♪
だから私の世界は暖かく、ウェルビーイングな人で溢れている。

そして同時に痛感したのは、「ベースが不安と不信」の世界もすぐ近くに存在して、時と場合でその両方を行ったり来たりする人も多いという事。

何かあった時には「不安と不信」に大きく寄ってしまうけど、そういう時こそ「書く」事で「愛と信頼」の世界に戻ってこれるという事。

だから、自分とはベースが違う人とコミュニケーションする場合には、「違うフィルターを通して世界を見ている」という事に気付いて話さないと、びっくりするぐらい通じないし、「え??????」という回答が返ってくるという事。

なんでこんなに通じへんのやろ???
と思った所からノートに書いて、
「あ、フィルターが違うんや」と気づいた。

もし、相手の考え方や傾向がわかる場合には、せめて「愛と信頼ベース」なのか「不安と不信ベース」なのかを認識して、それに応じた対応を取った方がいい。

「不安と不信ベース」の人と対話する場合は、まずは相手の不安を解いてあげないといけなくて、「責める」はもちろん厳禁だけど、それ以外にも気をつけた方がいい事が多々あると感じます。
(NVCでいう所の「被害者という加害者」など)

まずはちゃんと「対話」が成立するように、慎重に、穏やかに、落ち着いて、話を進めないといけないって事です。

(ここは本当に、焦りと疲労もあって反省点が多々ある部分。
具体的な内容はシェア会でお伝えしますね。)

でも、この「愛と信頼ベース」の在り方と、「不安と不信ベース」の在り方に気づいた事は、私にとってはいい経験でした。

こんな話も、めっちゃ具体的にシェアして行きますので、よろしければシェア会にお越しくださいね!


【残席2】 争わない伝え方 – Twitter炎上を鎮めたコミュニケーション術

日時:11月2日(土) 13時半 – 15時半  
場所:新大阪駅近辺(ご案内時にお伝えします)
会費:¥3,000円 (税込)(当日現金にてお支払い下さい。)
 
【内容】
 1.Twitter炎上の概要
 2.具体的な対処内容 
  (事実確認 / 問題の明確化 / 対処法の決定 / 実行 / 検証と再対応 / 最終結果)
3. NVCのプロセスから見た対処法のよかった点・悪かった点
 4. 渦中のメンタルコントロール法
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※上記内容をベースに内容を組み立てていますので追加・変更の可能性がございます。

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